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電波ソング is DEAD

      2015/07/13


電波ソングといえばニコニコ動画開設あたりで非常に話題になりました。

脳が溶けるような音声編集、ピコピコ音、無意味なくせに他人に聞かれたら自殺したくなるような歌詞、僕以外にもその中毒性にとりつかれた人はたくさんいると思います。



しかしここ最近電波ソングなんて単語すら聞かなくなりました。一時はニコニコ動画で次から次へアップされていた一大ジャンルなのに。

僕が最近ニコニコ動画を観なくなったのも理由かもしれませんが。

 

そんな電波ソング、wikipediaでは以下のように定義されています。

 

電波ソング(でんぱそんぐ。電波歌、電波曲)は、「過度に誇張された声色」、「意味不明、支離滅裂だが印象的な歌詞」、「一般常識からの乖離」、「奇異ではあるが耳に残る効果音や合いの手、掛け声」、「一度聞いたらなかなか頭から離れない」などを特徴に持つ音楽を指す

 

 

確かにそんな感じだと思います。

ちなみに僕の中で最強の電波ソングはやっぱり「ふぃぎゅ@メイト」だと思うんですね。

 

「壊れちゃうよぉ〜」で音漏れしていないか電車でビクビクするくせにどうしても聴いてしまう中毒性

 

初めて聴いた時期、一日に一度は聴かないと落ち着かないというはまりっぷりでした。

あと「さくらんぼキッス〜爆発だも〜ん〜」も良い中毒性がありましたね。

 

正直これをライブで歌っちゃうKOTOKOさんまじぱねぇ。

 

あとは巫女みこナースとかもってけ!セーラー服とかも?いただきじゃんがりあんとかも懐かしいですねぇ。

 

 

電波ソングが死ぬ年

そんな僕たちの電波ソングたちは現在どうなっているのでしょうか。

電波ソング大賞は2010年で止まっており、日向美ビタースイーツの「めうめうぺったん」という良電波ソングが出てくるもそれ以来話題になったものを聞きません(あくまで僕視点で)

めうめうぺったん

曲はいい電波ソングなんだけど、日向美ビタースイーツがバンドの話だったことを思い出すとなんかアレ。

 

電波ソングが突然冷え込む2011年、このへんで何があったのかなーとかちょっと考えてみました。

 

−僕が覚えている2011年の出来事−

・東日本大震災

・スティーブ・ジョブズ死去

・全裸PV(My Ixxx)公開

・「処女膜から声が出ていない」

・まどマギ放送

 

偶然知ってた知識や自分の経験から引っ張り出してきたわけですが、要は絶望の1年だったと。

 

とは言いつつも、この時期にはAKBの地位は不動となり(2011年ヘビーローテーションリリース)、アニメもISシュタゲあの花まどマギアイマスゆるゆりFateはがない電波女うたぷりタイバニと実に豊作。

 

美少女ゲームだと、ほわるば2、ユースティア、rewrite、大帝国、マジ恋の続編やグリザイアもこの年だっけ?多分豊作だと思います。

 

声優だって、「処女膜から声が出ていない」事件こそありましたがRO-KYU-BU、ゆるゆり等の新たな声優ユニットが続々登場。

声優の人気が2011年に爆発したことを示すのはアニサマ2011の出演アーティストを見ればわかりますね。

アニサマ2011公式:http://anisama.tv/2011/artist/

いつの間にかアニサマは声優祭りになってたからなぁ…。

 

 

話がそれましたが、何故電波ソングは衰退したのでしょう。

ヲタクの志向が表面上を受動的になぞる「萌え」から積極的行動の「推し」になったから、電波ソングは求められなくなったのか?

確かにアニヲタの志向も単純にアニメのキャラでなく声優まで含んで考えるようになりましたし、PASSPO☆メジャーデビュー、スパガ「MAX乙女心」リリースとアイドル界も「第3のAKB」ポジションを狙って過熱していく時期。

 

要は「萌えソング」内の一ジャンルにすぎない電波ソングは死ぬ運命にあったのか?

 

 

でんぱ組.inc

多分電波ソングの話題で触れなければいけないのがでんぱ組.inc。

今やサブカルほいほいの代表格みたいな存在ですが、元々はアイドルが電波ソング(萌えキュンソング)を世界にお届けするはずだったユニットです。

つまり、ヘヴィメタはベビメタ、HIPHOPはリリスク、ラップはライムベリーみたいに、音楽ジャンルを切り分けて縄張りとするアイドルユニットの一つです。

 

そんなでんぱ組もfuture diver、でんぱれーどJAPANと、いい感じで電波ソングをギリギリ生で歌えるレベルの曲を出してきました。

でんぱ組.inc「future diver」

 

でんぱ組.inc「でんぱれーどJAPAN」

 

 

しかしキラキラチューンで綺麗なでんぱ組をしたあと、W.W.Dでなんか変なユニットになっちゃった感。

でんでんぱっしょんで方向性戻そうとしたけど、なんか違う。なんていうか若干かっこいい。特に大サビ前のベースとか。

で、その後のサクラあっぱれーしょんとかそのへんはよくわかんない。W.W.DⅡもよくわかんない。

もう萌えキュンソング(秋葉原)というより原宿とかあっち側のユニットなんだなぁっていう感じです。

 

電波ソングの変化

僕が思うに「萌え」から「推し」とかそんな難しい理由はないと思います。

そもそもヲタクは志向性を簡単に変えたりしない。永遠に同じことをしているような奴らばかりです。あるとしたら志向性を変えられるくらいです。

 

志向性を変えられることの典型的なパターンはビジネスです。ハロプロですら握手会をせざるを得なくなる、とかそんな。

つまり僕は、電波ソングは死んだのではなく形を変えてどこか別のビジネスとなったのではないか?と考えます。

推測です。あくまで推測です。推測ですよ?音楽的系譜とかそんなん知りません。

 

でも正直きゃりーぱみゅぱみゅとか電波ソングじゃん。

ここでもう一度電波ソングの特徴をおさらいしてみましょう。

・過度に誇張された声色←グレーゾーン

・意味不明、支離滅裂だが印象的な歌詞←きゃりーも当てはまる

・一般常識からの乖離←当てはまる

・奇異ではあるが耳に残る効果音や合いの手、掛け声←前半は当てはまる?

・一度聞いたらなかなか頭から離れない←当てはまる

 

これらの要素ってそれぞれ分解されてしまったのではないかと思います。

 

 

確かに気持ち悪い萌え萌えとした歌詞はありません。

でもなんかファンタジーというか異次元というか、新たな世界観というか、可愛いというか芸術というか逆に詩的というか、要は萌え萌えしていなくたっていい。

 

あの交差点でみんながもしスキップをして、もしあの街の真ん中で手をつないで空を見上げたらPONPONうぇいうぇいうぇいPONPONうぇいPONうぇいPONPONなレベルで意味不明でいいんだ。

 

 

元々電波ソング自体そこまで商業的なものでもなかったけど、ほぼ電波ソングみたいなのがこんな形で一般に受けちゃってなんかもうこの方向でいいやみたいな雰囲気あったんじゃないですかね。無理がありますかね?

 

過度に誇張された声色

きゃりーって確実に声色編集されてると思うんですよ。あんな声の人間がいるわけないじゃん。声が信用できるのはりなはむだけ!

とりあえず声に対して違和感を覚えたのはYUKI以来。

YUKI「長い夢」

ライブでも全然変わらないのすごい。

 

でも最近って当たり前にこういう、ある種電波的な声のアーティスト多いですよね。

 

パスピエ「トーキョーシティ・アンダーグラウンド」

僕はこの曲を「サビの声だけ電波ソング」という括りで見ています。

 

こういう印象的な声って今は普通にあると思うんですよね。YUKIだってパスピエだって、曲は普通に良い曲ですけど声でさらにインパクト与えられますよね。

余談ですが僕が人生で一番声に衝撃を受けたのは、男性ボーカルですがスマパン。

 

The Smashing Pumpkins「Tonight, Tonight」

 

トゥナーーーーーーーーーイwwwwwwwwwwwwwwwwwトゥナァァァァァァァァァァイwwwwwwwwwwwwwwwwwww

いや、スマパンは素晴らしい曲多いですよ。

 

 

意味不明、支離滅裂だが印象的な歌詞

電波ソングの特徴の一つに「意味不明な歌詞」というものがあります。ついでにこの意味不明さは文脈的意味不明さもあるでしょうが、別の特徴である「一般常識からの乖離」的意味不明さも必要でしょう。

 

巫女みこナース

 

 

冷静に考えたら意味わからんけど「巫女みこナース」って言葉が馴染んでくるこの感じ!

 

この感じって例えば相対性理論とかもそんな印象あります。

 

相対性理論「ミス・パラレルワールド」

 

歌詞一切意味わからないしサビの「パラレルパラレルパラレルパラレル」が脳に響くし、やくしまるえつこの緩い歌声と相まってなんかもうほとんど電波ソングだわ。

 

別に萌え萌えしていなくたっていい。要は何か特別な世界観()みたいなのに引き込まれればいいわけです。

確かに世間はほっとけばラブソングだらけ。気を抜いたらすぐに「100万回の愛してる」とか「君に出会えた奇跡が」とか言い始めるやつばかり。

挙句の果てには大親友の彼女の連れにパスタ作ってもらって大富豪で負けてマジギレとかいう、全盛期のmixiでもかなわないレベルのラブポエムが披露されてしまうわけです。

 

「自分は他の凡とは違う」そう思うサブカルキッズたちにとって、やくしまるえつこの歌詞は意味があるのかどうかわからなくてもかっこよく見えるのでしょう。

あとなんか知的で芸術性があるように感じる。そう思わせたら勝ちなんです。

 

そんな意味不明で支離滅裂な歌詞のアーティストで僕が最近好きなのは水曜日のカンパネラ。

水曜日のカンパネラ「マリー・アントワネット」

 

お菓子を食べればいいじゃなーい!

\ フランス革命 /

 

能動的中毒性があると思うんですよね。「来るぞ…来るぞ…」みたいな感じの中毒性。

 

あと「恋はベルバラ、お菓子は別腹」って歌詞はすごくセンスあると思います。

 

水曜日のカンパネラ「ミツコ」

 

 

SHI☆BU☆YA

なんかPVだけみてると頭おかしい後藤まりこタイプの人間に見えますが、話してみると普通におもしろいお姉さん(大学生?)です。

曲調も印象的で売れてほしいですね。

 

 

一般常識からの乖離

言葉にすればなるほどと思いますが、具体的に何なのかわかりにくいのがこの要素。

一般常識からの乖離ってなんでしょうか。確かに電波ソングは乖離しているでしょう、きゃりーだって乖離しているでしょう。でもその基準がわからない。

きゃりーの乖離は声や歌詞という曲上の点もともかく、視覚的な要素も大いにあると思います。

しかし電波ソングは元々視覚的な要素を持たない。何かの主題歌だったりしますが、その作品自体が電波ソングを電波たらしめる要素になってるとは思えないです。ふぃぎゅ@や巫女みこナースをプレイしたことある人なんてそんなにいないでしょう。

 

また乖離しているだけであればマキシマムザホルモンだって乖離しているわけで、一概に「一般常識からの乖離」という言葉だけで語れる要素ではないと思うんです。

つまるところ電波ソング的「乖離」とは「痛々しさ」だと考えます。

自信を持って言い切ることはできないのですが、あえて言うとすれば、曲外の要素での囲い込みなんじゃないかと思います。

 

電波ソングの萌え萌えしたヲタク受けなんてまさにそんな感じじゃないですか。

電波ソングなんてヲタク向けに開き直ってるわけで、どこかの層に向けたものっていうのはその層を囲い込むわけです。ということはその層以外(マジョリティ≒一般)から見れば魅力がよくわからない(乖離している)ものであり、ターゲット層がディープであればあるほど「一般常識から乖離」していくわけではないか。そんな仮説。

 

サブカル囲い込む感じだとアーバンギャルドとか?

アーバンギャルド「さくらメメント」

 

トラウマテクノポップとか言ってるけど電波ソング認定してあげたい。

 

ヲタク囲い込んだってサブカル囲い込んだって青文字系な人たち囲い込んだって曲外の要素での囲い込みですが、ホルモンの囲い込んでる層ってラウドなの大好きなキッズとかじゃないですか。それは曲内の要素だから「一般常識からの乖離」には当たらない。そんな矛盾回避。

 

我ながらすごく出身学部っぽいこと言ってる。

 

中毒性

残りの要素は両方ともざっくり言えば「中毒性」だと思います。

今まで出てきた歌詞や声によらない中毒性、つまり純粋に曲としての中毒性だということになりますが、これも難しいですよね。

 

ここでまた仮説ですが、中毒って消費という部分があると思うんですよ。

その何かを消費することによる欲求解消。それが中毒なんじゃないかと考えてみましょう。

そして音楽には芸術と消費がある。何十年何百年も人々を惹きつける曲があれば一時のブームで終わる曲もある。

今や誰もがAKBのポニテとかヘビロテは知っていますが、これが50年後もまともに音楽として聴き続けられてるとは思えません(作曲者の方、申し訳ございません)。

ただし、アイドルの教養として聴かれている可能性はありますが。

 

しかし例えばモーツァルトの「トルコ行進曲」なんかはすごく印象に残る曲ですが、これを中毒性と表現するのは憚られる。

 

芸術論とかよくわかりませんが、このへんに差があるのではないでしょうか。名曲とかそういう曲っていつ聴いても名曲。中毒性のある曲って飽きるまでの消費。そんな差があるんじゃないかなぁって思うのですが、自分の中でもよくわからないので放り投げます。

 

結論

電波ソングは何処へ行ったのか?

僕が思うに、電波ソングは要素が分解されて色々な方面に取り込まれてしまった。そう思います。

逆に言えばあの時ヲタク共を魅了した電波ソングたちは要素だけを残して結構一般に浸透している。魅了された1人として、それはそれで幸せなことだなぁとか思ったり。

 

人が歌うのが難しいというのもあるかもしれません。速いBPMでわけわからん高音や突然の変調、そういうのは全部ボカロに任せた方が楽というところありますし。

でもあの曲、あの歌詞、あの雰囲気を生身の人間が歌ってるという痛々しさが電波だったわけで、表面的特徴をなぞってボカロに歌わせてもあの熱狂がない。そんな僕は古いのでしょう。

 

この記事を書くにあたって懐かしき電波ソングたちを聴いたわけですが、今思えばどうしてあの時は気が狂ったように無限リピートしてたのかよくわかんない。

これはなんなんでしょうか。ただ一時の熱狂で終わってしまうのでしょうか。アイドルもアニメもそうやって時代に葬り去られてしまうのでしょうか。

 

旧時代の遺物となれども確かにあの時僕を熱狂させ、今でもYouTubeやニコニコ動画のサーバーの片隅で再生の時を待っている。

ありがとう電波ソング、君たちのことは忘れないよ。

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