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繋がり主義の哲学

      2015/07/13


アイドル「わたし、処女で〜男性経験なくて〜」

 

僕「そういうのもういいから!!」

 


叩きたければ叩けばいいじゃないコラム
第3回:繋がり主義の哲学

 

繋がる

「アイドルと繋がる」というのは主に2つ意味があります。

一つはステージと客席の関係を離脱するもの。
例えばLINEで個人的なやりとりをするようなものです。

もう一つは実際に肉体関係を持つこと。
ただしこちらは結構なリスクがあるので危険です。
(参考:今更ながらメチャハイ繋がり事案について

とりあえず繋がり=彼氏とは限らないということは重要です。

 

斜に構える時代

今のアイドルヲタクにアイドルの処女性を信仰しているひとなんてほとんどいません。
「女性=純潔であるべき」という価値観はとっくの昔に崩壊しているわけですが、その風潮がやっとヲタクのもとにやってきたのではないでしょうか。
度重なるスキャンダルに絶望したとかそういうものではないと思います。

「どうせ彼氏がいる」「どうせビッチ(非難ではない)」
そんな「どうせ」を繰り返して純粋にアイドル自身を愛することができない。まぁそれはいいじゃないですか。あまりにも苦しい処女幻想を見ているよりは防衛手段として優秀だと思います。

とりあえず素直に建前が信じられないわけです。
建前を楽しむゲームだったはずが建前を楽しめない。

元来アイドルは応援するものだったはず。
そして次第に大規模な接触施策により疑似恋愛のゲームと化したわけです。

しかしすでに純潔が求められる時代ではない、かつ斜に構える時代が来ているわけです。

そこで疑似恋愛のゲームは2つの形に分岐します。
1つは疑似恋愛が発展してリアル恋愛。ガチ恋ではなく、「サークルで女の子とワンチャン決めちゃった☆」みたいなノリの現代風恋愛ゲーム(難易度激難)

もう1つはアイドルに対する幻想の放棄。
単なる遊び場としてアイドル現場に来るパターンです。友達とボウリングやカラオケに行くようなノリでヲタク友達とアイドル現場に来て騒いだりしながら遊ぶ。
アイドルの存在なんてほぼどうでもいいわけです。応援も恋愛感情もない。ただ遊び場に適した楽曲と、遊び場を彩る女の子として選ばれるアイドルがいるだけです。

※今までどおり疑似恋愛や応援としてのアイドルの在り方を否定しているわけではなく、そういうヲタクが増えたという話です。

 

恋愛禁止条例

さて繋がりの話ですが、はっきり言って繋がりは(ほぼ)全ヲタクの祈りです。
その祈りを前面に押し出すか「いや、まぁ簡単に繋がれるか」という宝くじレベルかは問わないのですが、繋がれるなら繋がりたいわけです。
ここを否定する人は絶滅危惧種のガチで応援してる、いわばマジヲ(多分死語)。あるいは男色家。

「繋がれるなら繋がりたい」っていうのは表現こそヲタクですが、世の中の男性が抱いてる感情です。
ただ純潔や硬派が美徳だった時代にはそれを表に出さなかっただけだと思います。
だからフェミニストの人が女性解放を謳って性が開放的になったことすら男性にとっては嬉しい事なんだと思いますよ。その時代を生きてないから断言はできませんが。

そしてアイドルヲタクの現場にもその縛りが解かれたわけです。

アイドルヲタクで真剣に恋愛禁止条例を叫ぶ人はいません。いたらちょっときついです。
アイドルという立ち位置を柔軟に捉えて「恋愛してもいいけどバレたらダメ」(そんなこと言わなくてもどうせ恋愛してるだろうけど)くらいが現場の感覚です。
ちなみに峯岸事件で「アイドルの恋愛禁止条例は撤廃すべき」なんて某批評家が言い始めた時は驚愕でした。
あー、わかってなさすぎる。実質それでも問題ないことは一理あるんだけど、そうじゃない。アイドルというゲームがわかってない。
あとみんながみんな普通に結婚できると思うなよ!

と、そんな感じで彼の意見も一理あるのですが、安直かつ現場感覚とずれた発言をしたあたりから批評家が嫌いになりました。という余談です。
※この発言自体数年前の話ですし、意見を変えている可能性はあります。あくまで当時の僕の感想です。

アスリートがドーピングを使うのとアイドルの恋愛は違うわけです。
ドーピングはばれなくてもスポーツマンシップとして倫理的にダメ。
アイドルの恋愛はバレない以上問題ないわけです。幻想を売っているわけで、その幻想の価値を下げなければいい。倫理観の引き合いはヲタクが出すものではない

そんなわけで恋愛禁止は建前しか存在しません。
ヲタクからの願望としては「バレてくれるな」の一言につきます
もちろん付き合っていないことが理想ですが、それを押し付けるのはヲタク側ではない。ヲタクが得られるサービスは金を払って握手して数秒話す権利であり、アイドルに何かを押し付けるのは越権以外の何物でもありません

そして重要なことは、この建前の感覚が自分への救済幻想の増幅になるということです。

 

自分への救済

アイドルの恋愛禁止を建前すら撤廃する感覚。
それはアイドルに対する救済であると同時に自分への救済になりえます。
アイドルの恋愛禁止を謳っていれば自分の欲求(繋がれるなら繋がりたい)すら抑圧するわけですが、「バレなければ恋愛してもいい」 とすることで自分の欲求に対して整合性を与えるわけです。

このロジックのために上記のような建前のみの恋愛禁止条例を主張しているわけではなかったでしょうが結果的にそうなる。
というより、この感覚が行き渡る時点で斜に構える文化はそれなりに広まっていたのでしょう。

 

幻想の増幅

前述のように恋愛禁止を柔軟な自分の都合のいい捉え方をすることによって自分への救済を作り上げたヲタクたち。

つまり繋がることの許容です。そして自分もわずかながらそのチャンスを掴む可能性が生まれます。

これによってゲーム性としては非常に高いものとなります。
「あの子は本当に彼氏がいないのだろうか」
高度な情報戦が始まります。

そして仮に好きなアイドルに彼氏がいない、という確かな筋からの情報が入るとします。
アイドルの恋愛が実質的に禁止されていようとも「彼氏がいない」という結果は同じすが、建前上の禁止である場合の方が喜びが大きい。希少価値ではないですが、アイドルくらい普通以上の(自分が好みであるレベルの)容姿や性格があれば他に好意を寄せる人がいてもおかしくない。そこに入ってきた「現状フリー」という情報の価値の高さたるや!

多分伝わったと思うのですがもう少し説明しましょう。ここすごく大事なので

アイドルが本当に恋愛禁止であれば「彼氏がいない」というのは当然の事実です。そこに抱く感情はせいぜいホッとする程度のものであるはずです。恋愛が禁止である以上自分が繋がっていい道理はないわけですから彼氏いない情報は大した価値はありません。

しかし恋愛禁止を建前上のみ掲げておけば、彼氏がいる可能性を許容している以上「彼氏がいない」情報に価値が増します。自分が彼氏のポジションに立てる可能性は(表面上)十分にあり、繋がることは「バレない範囲で」自分が許しているので問題ありません。この舞い降りた可能性に惜しみなく狂喜することができます。

この差!許容することで彼氏いないことの希少価値(?)が上がるわけです。それはひいては幻想を増幅させる。大学生風に言えばワンチャンあるで!ってやつですよ。

疑心暗鬼の恋愛禁止条例が真となった瞬間、幻想が現実味を増す。
ガチ恋ではない、単に繋がりたい。別にそんな退廃した恋愛感情でもいいじゃない。

僕はアイドルと繋がったことはないですし、どちらかと言えば宝くじ側のヲタクなのでよくわかりませんが、こうなるんじゃないだろうかと思いながら書いてます。

 

根本的可能性皆無

結構よくある話として、「本当はヲタク嫌い」「ガチ恋嫌い」「ワンチャン狙い嫌い」という話。

確かに仰るとおりでどれも好感が持てるものではないですし、それを表に出さないことが大事であって感想はどうしようもない。

表に出さない、表では愛想よくしている。この時点でヲタクは2つの疑心暗鬼を抱えます。
1つは前述の「本当に彼氏がいないのか」です。これは表面上の可能性に大きな影響を与えます。やっぱり彼氏がいるのに繋がろうとするのはちょっとコアすぎる趣味かな…。
もう1つが「そもそも根本的に可能性がないのか」です。
彼氏がいようといまいと、その子がヲタク嫌いだったら繋がる可能性は根本的に皆無です。「アイドルとそのヲタク」という関係性を持った瞬間可能性が0になるという詰みゲーです。残酷なまでに不可避な結果です。ただこの場合はしょうがないと言って諦め、素直にその子の成功を応援するいいヲタクになるか、繋がりたいなら他の子にしましょう。

とりあえず根本的に可能性が皆無であるというシチュエーションが存在するわけで、ワンチャン繋がり勢にとっては恐怖でしかないわけです。

 

幻想の増幅2

彼氏がいない、だけでは実は足りないわけです。
彼氏がいない、かつ、可能性が存在する。これが大切なわけです。

可能性を潰す案件は他にもあります。

多い例としては元バンギャ。
好みがV系だと本当にキツイ。こっちは楽器も弾けないしあんな化粧しないし、多分アイドル側に幻想を与えることができない。アイドルに幻想を求める以上はアイドル側の幻想に応えられる人間でありたいものです。
まぁでもバンギャくらいならまだ全然大丈夫。人間には妥協という便利な心理があるわけですから。もちろん自分に魅力がなければ無意味だというのは前提ですけど。

とりあえず、繋がりに関して一番怖いのは前述の根本的可能性皆無のパターンです。
「どんなにイケメンでもヲタクとは繋がりたくない」これが心理的なものかプロ意識によるものか、どちらにしてもこう言われた以上難易度は激難です。
RPGでシナリオ上負ける敵と遭遇したようなものです。勝つにはバグを祈るしかない。

ここでも活躍するのは情報戦です。

あるアイドルの過去のスキャンダルが発覚したとします。そしてその彼氏は現場にいたヲタクだった。

これによって根本的可能性皆無の回避と相成るわけです。
ヲタクと付き合うということは恋愛に関してヲタクはブラックリストでない。つまり自分にも可能性がある。もし「現在は彼氏がいない」という情報もついてきたらもはや朗報ですよ。
さらにその付き合ってたヲタクの顔写真が出てきて明らかにイケメンではない、いやむしろ何で付き合ったんだろうレベルの外見であればフルチャンじゃないですか。

わかるでしょうか。この幸福感。
この情報を得たヲタクは世界の全てから自分が求められているような、そんな感覚を得ると思うんです。

見えなかった答えに対して回答可能性が提示された瞬間ですよ。
今までのあらゆる疑心暗鬼は消え去り、目標への道のりがはっきりと示された。仏教で言えば悟りの状態です。

これが幻想の増幅でなくてなんでしょうか。

 

総括

総括すると、アイドルに求められているものは単なる疑似恋愛ではないのです。
ワンチャンあるかもしれない、という薄っぺらい可能性とその幻想を振りまくことが求められているわけです。ガチ恋とかは必死になるでしょうし、斜に構えたヲタクも少しはお金を落としてくれるでしょう。
別にヲタクと繋がってあげる必要はありません。餌だけしっかり吊るしておけばいいんです

「私はヲタクとは絶対つながらない」なんて言ってるアイドルやコンカフェキャストは無能。
そんなこと言っても何の価値もないわけで、ワンチャン狙っている層をみすみす見逃すわけです。搾り取れるところから搾り取りましょう。 トークでの釣りは小手先の技術でしかないわけです。根本的なところを履き違えてはいけない。
「繋がります!繋がってました!」なんてことは言わなくてよくて、可能性がないということを提示さえしなければいいんです。要はその話題に触れなければいいわけです。

大切なのは理想論ではなくて、何が求められているかです。
そして顧客のニーズに応えきる必要はありませんが、顧客のニーズを潰してはならないという理解です。

ちなみに僕が最近一番テンション上がったのは、某コンカフェキャストがデリヘルで働いているという情報。
別にデリヘルとして呼ぶ気もないですし、僕自身そのコンカフェには行っていないので認知もありませんが、なんて役満級の幻想だろうと
繋がるという行為が目の前に転がっているわけです。多分数万円で買えるわけです。
武家の五男で生まれてきてまず政略結婚要員確定かと思いきや兄がことごとく戦死や病死して自分が当主の座についた級の僥倖なはずなんですよ。

 

ーーーーーーーーーーー以上全ての話を踏まえてーーーーーーーーーーーーーー

 

という幻想を楽しむものです。
そういう祈りが叶うかもしれない、という幻想がある。それが楽しいわけです。

多分容易に叶ったら価値なんてない。
そしてほぼ確実に叶わない。

でもアイドルやコンカフェのキャストとのワンチャンを狙っている人はいつもいる。
費用対効果が明らかに低い、そもそも恋愛に費用が必要なあたりで何か間違えているわけですが、それでもやめられないくらいに幻想というものの力は強いんだなぁって思わされるわけです。
そして幻想が消えるまでお金を落とし続ける。

高い課金ゲーだと思えば楽しい、はず。

 

僕にはありあまる

ロマンスがありあまる

少し贅沢をし過ぎたみたいだ

僕にはありあまる

ロマンスがありあまる

死に物狂いで生き急いでんだ

ーゲスの極み乙女。「ロマンスがありあまる」より

 

アイドルとかと繋がろうとして金を使うのは無駄、などという人は何もわかっていない。
(繋がれた試しなし)

アイドルとかキャストにはその立場において希少価値に似た幻想を増幅する機能があるのだ。
(繋がれた試しなし)

その至上たる地位への侵犯、その特権的優越感が極上の幻想であり娯楽。
(繋がれた試しなし) 

繋がれた試しなし。
(繋がれた試しなし) 

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