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TO〜概念・伝説・象徴〜

   


地下アイドルのTOってどれ位大変なの?仕事をまとめてみた。
http://idol-rapper.com/2016/01/to/

やったねJちゃん!ブログのネタだよ!!

なんかTLで話題になってたので便乗。
正直な感想を言うと

「僕の知ってるTOと違う!」

そんなわけで僕が知ってるTOについて書いてみた。

っていうかこのブログすごいな。
僕、アイドルのことだけをこんなに書くのは無理だよ。
しかもレイアウトとか綺麗だし。


TO、それは概念的存在

上記ブログでは以下のように説明される。

みなさん、こんにちは。
TOという言葉はご存知でしょうか?
アイドルヲタクなら一度は、TOという言葉を聞いた事があるかと思いますが、TO(トップヲタ)という意味です

さらにこのブログでは(引用元は不明だが)下記のようにどこかから引用されている。

「トップオタ」 とは、ある ジャンル や カテゴリ において、他の追随を許さないぶっちぎりの おたく、第一人者を指して使う言葉です。 略して 「TO」(ティーオー)と呼ぶ場合もあります。

外部から見た時の揶揄や侮蔑の意味や、仲間内の軽口に使われる意味もありますが、通常は「呆れながらもその実力は認めざるを得ない」「まさに特定ジャンルにおける、揺るぎないオタクのトップだ」といった、畏怖の対象を指す言葉として使われます。
引用:

(原文ママ)

「TO」が何の略か、それが前者。
「TO」がどんな意味か、それが後者。

ただし後者の意味はかなりぼんやりとしており、後半は使われ方に注力されていることがわかる。

この記事の問題は

1,TOの説明をこのぼんやりした引用で済ませている点
2,その後即座に「TOの仕事」という説明に入っている点。

が問題だろう。
1,によって「TO」がよくわからないまま本編に入る。
2,によって「えっ!?それやってればTOなの!?」という違和感を与える。

要は「TO=その役割を一身に担っているヲタク」に見えるのだ。
これは(少なくとも)古いヲタクにはわけがわからない。

生誕祭を企画・運営することがTOなのではない。
「(愛が余りすぎて)他の人がやらなかった”生誕祭”というものをやった」からTOだったのだ。
このブログの問題点としては思考の順序が逆なのだ。
形式的な企画として存在している現在の生誕祭なんて「別にすごくない」。

「別にすごくない」。
これがTOとその他を分ける、引用部で言えば「ぶっちぎり」かどうかにあたる部分だろう。

言ってしまえば、誰かが理解できる認識しているようなことをやっているうちは「別にすごくない」し「ぶっちぎり」ではない。

思考や行動の独創性、それゆえの存在の異常性こそがTOたる所以にして、生誕祭やらMIXの考案などはその言動や存在の結果の一部でしかない。

 

これが僕の見てきた「TO」とは何か、だろう。

敢えてTOを言語で表現すれば、その現場に於ける「独創的かつ異常な(普通とは違う)ヲタク」という概念的な存在なのだ。
この説明自体は間違っているかもしれないが、大事なのは概念的存在だということである。
そしてその唯一性。他の人に真似できないようなヲタク。それこそがTOであり、「これをすればTO」という見方は本来的に間違っている。故に概念的存在なのだ。

 

TO、それは伝説的存在

はっきり言うとTOの影響力自体は低い。
僕が適当な現場に言った時にTOの影響力がどれくらいあるかと言えばほぼ限りなく0だ。というか誰がTOなのかもわからない。実際TOが認めたこと以外はできないわけでもない、拘束力に至っては各個人に任せられているという状態。

しかしTOはいる。
この章では「TOがいかにして生まれるか」に焦点を当てたいと思う。

さて前述の例だが、現場新参の僕はTOを知らない。外見でわかるものではない。
最前列にいるやつがTOってわけでもないだろう。チケ運で決まるTOなんて弱すぎる。
ましてやTOは「俺がTOです」なんて言ってくれない。

ではいかにしてあるヲタクがTOとなるか。

周りがそう呼ぶからTOなのだ。

あいつには敵わない、あいつはすごすぎる、あいつがこの現場のトップだ。
他のヲタクが「そう認める」からTOなのである。

※TOが生まれる瞬間のイメージ

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ヲタクが他のヲタクを認める過程には文脈がある。
一時的な点(オフ会の幹事だの生誕祭の企画だの)程度では人はなかなか認めない。
しかもヲタクなんてなおさら他のヲタクを認めがたい(偏見)

あのTO記事の問題はこの「あるヲタクがいかにしてTOとなるか」が一切語られていない。
生誕祭企画してMIX考案してオフ会とかやって現場の自治(?)をすればTOを自称できるの?と言われるとあの記事では説明しきれないだろう。

 

しかしこの「認める」という現象、普通に考えて相当難しい。
要は他のヲタクに「心からの尊敬」を得なければならない。

私事だが、僕は生誕祭というのはくだらないと思ってる。別にみんなでどうこうしなくたってお祝いできるからだ。しかもパフォーマンス臭が溢れてて気持ち悪い。
語ればキリがないのでこのへんにするが、要は「生誕祭を仕切ってるあいつがTOだよ」と言われても心から尊敬することができない。「へぇ」という感想が関の山。
これがあの記事の欠点である。

そして一人から認められても意味が無い。
具体的な数字を出す意味はないが、「現場の大勢のヲタクから認められて」TOになるのだ。
良く言えば伝説的存在だし、悪く言えば口コミ的存在なのだ。

なので冒頭の例に戻ると、
現場新参の僕がその現場のTOを認識できないのは、彼が「人々に語り継がれる存在」だからである。

僕は野球にそんなに詳しくないのだが、
「記録に残るのは王、記憶に残るのは長嶋」みたいな表現を聞いたことがある。
TOはどちらかというと長嶋のようなものなのではないだろうか。

いや、
長嶋をベースに王を加えたようなものではないだろうか。

伝説的存在になる明確な条件などない。
他多くのヲタクの心を打てばTOなのだ。(誇張すれば)故にTOは伝説的存在なのだ。

ただし心を打つ過程に様々な所業があるのが普通だろう。その所業の一例がMIXの考案だったりするのかもしれない。

ここまでの説明上「伝説的存在」は自分でもしっくりこないのだが上手く2文字の熟語で当てはめられなかったボキャ貧をお許しいただきたい。

 

TO、それは象徴的存在

さてあの記事の最も違和感のある部分に触れよう。

TOの仕事とは何か?

という主題である。

ここで僕は「象徴的存在」という言葉を使いたいと思う。
中学校の公民とかで習ったと思うが、我が国の天皇の説明に使われる。

※天皇とヲタクを並べることは恐れ多いことであるのは承知の上である。
※僕に政治的信条はない。右でも左でもない。表現がどちらかに偏ってるとしたらそれは僕の無知故である。

 

天皇の仕事として「ご公務」という表現がある。
では「ご公務」をする人が天皇なのだろうか?

あのブログの最たる問題点はここなのだ。

ご公務が天皇を定義するのではない。
極論を言えば今この瞬間に「天皇のご公務を一切なくす」ということになるとする。それでも天皇は存在する。そうなった場合その後天皇制がなくなるかどうかは別として、だが。
要は象徴的存在にご公務は関係ないのだ。象徴的であることが存在の定義であり、ご公務はあってもなくてもその瞬間は天皇の地位に関係がない。

また順序を逆にしよう。
「我が国における天皇を説明しなさい」
と言われてご公務の一つ一つを列挙する人がいるだろうか?
普通はその成立や、地位の性質(象徴とか)を挙げるはず。
こちらの面からも、ご公務は後からくっついてきているだけなのだ。

勘違いはしないでほしいが、天皇とTOで同レベルの比較をしてはいけない。
ただ「象徴的存在」という部分において似た構造を持つだけだという例示でしかない。

TOに関してここまでの話は

「独創的かつ異常」なヲタクがいる(=概念的存在の話)

故に「他のヲタクから認められる・尊敬される」(=伝説的存在の話)

という過程がある。
そしてこの過程の結果、

とある「独創的かつ異常」なヲタクは
「他のヲタクから認められて」
TOという(現場の)「象徴的存在」となるのだ。

 

つまり「TOの仕事」なんて関係ない。
見出しの「仕事」という表現、この時点であの記事は最大の問題を抱えていたのだ。

強いていうなら
・TOがやっていることの例
・こういうことをするTOがいる

くらいの表現ならまだなんとかなっただろう。

 

TO(笑)

僕はTOという存在なんてどうでも良いと思っている。だからこのブログでも触れなかった。
ある人がある人たちに認められるのに理由はないし、そもそも定義できないし、ヲタクごときに序列をつけること自体くだらないと思っているからだ。

確かにすごいヲタクは存在する。
ヲタクなんて社会的には異常な存在なわけだが、その中でも異常of異常とも言うべきぶっとんだ奴がいるのだ。

先日、某声優にダイソンの掃除機をプレゼントしたヲタクの話があったが、僕の知り合いでは3年以上前に某声優に食洗機を送ったヲタクがいる。
掃除機なんて送ればいいだけの話だが、食洗機となると台所のスペースや色々な問題もあるだろう。彼がちゃんとそれをリサーチしたのかは知らないが、これが異常of異常なのだろう。

しかしそれは「すごいヲタク」でいいじゃないか、と。
というよりも僕がそう感じる 「すごいヲタク」が、そのままだと尊敬の念を表現しきれないから「トップオタク(TO)」という称号のようなものを作ったんじゃないだろうか、どこかの誰かが、ノリで。

だから「TO」という表現に拘る事自体どこか滑稽なのだ。
そういったくだらないヲタクを僕は「TO(笑)」と心の中で嘲笑している。

他人を気にせず自分の好きなことを楽しんでいるからヲタクなのであって、(推し以外の)他人からの目を気にしてる時点でスタンスがおかしい。

そんな視線気にする余裕があるなら社会的視線を気にしような。

 

ちなみに食洗機を送った彼は福岡だろうと北海道だろうと最前。子どもばかりのイベントでもドヤ顔で最前。
ライブを盛り上げ、プレゼント(しかもちゃんとしたやつ)は欠かさない。ワンマンがあれば初手フラスタ。
彼のフラスタを生で見た僕は「うわぁすごい!これはすごい!オリジナリティがすごい!」とボキャ貧ながら感嘆。
そんな凄まじいヲタクだったが、現場のマジョリティなヲタクからは嫌われ叩かれといった状態だったらしく、ここまでやっても他の人から認められなかったので「TOとは呼ばれなかった」とさ。 

出典:ヲタク拾遺物語『ヲタク声優に食洗機送りたる事』

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