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グローバルもいいけど、ちゃんと探せば日本もまだまだ面白いと思うよ

はい、鬱。【女の子ものがたり】

   


ここのところの不摂生がたたったのか、ありえないくらい体調崩してしまい、ダラダラと動画観てた土日。
この時点はい、鬱。

そんな中で観た映画の一つがタイトルの「女の子ものがたり」。
漫画原作の邦画、すでにこの時点で結構信用出来ない映画なのだが何かでオススメされた(何だったか忘れた)ことを思い出し観てみた。

結果:はい、鬱。

 

その後ちょっとググッて調べてみると、

「女の子ものがたり」出演キャスト
小松彩夏
君島光輝 ほのかりん 笹丘明里 藤井奈々

>君島光輝

これは舞台だと思われるが、「君島光輝」という懐かしい名前を不意打ちで見つけさらに鬱。
作品自体は漫画原作の邦画にしては結構良かったし、君島光輝ちゃんが頑張っているのもすごく良いことだと思う。

スティール・ボール・ランではないが、しかし、世の中はゼロサムゲームなのだ。

他人やその作品が喜ばしければ誰かが悲しむ。
良かった…悲しむのは僕だけで良かった…。 

 


女の子ものがたり。

もはや風俗感すらあるこのタイトル。
僕はちょっとワクワクして観たのだ。
別にR-18を期待したわけではない。

ボブヘアーに赤メガネ、花柄ワンピースとニューバランスのスニーカーみたいなサブカル女子っぽいのが
フリーターっぽい生活をしながら「ホントウのアタシ」を勝手に自己完結させて、
共感不可能な「ヒビのシアワセ」に満足して未来も何も感じられないくっだらない話
を期待していたのだ。

もっと言えば、”ボブヘアーに赤メガネ、花柄ワンピースとニューバランスのスニーカーみたいなサブカル女子”のキャスティングに期待をしていたと言っても過言ではない。

 

しかし蓋を開けてみれば、ぐうたらな美人おばさんと回想パートで田舎臭い垢抜けない少女が3人という、僕が期待してた「洗練されてると思ってるのお前だけだよ?」なサブカル女子は出てこなかったのである。

ついでに僕は田舎の話がダメである。弱いのだ。

 

 

 

以下ネタバレあり
※引用は斜め文字にしてあるが、正確な引用かはわかりません。筆者の記憶の引用です。

 

 

 

 

 

上記のトレーラーだと良い話っぽい感じだが、要約すると結構暗い話だ。

主な登場人物
菜都美:絵が好き。そこまで貧乏じゃないが父親が投機的な事業に失敗。どっか行って死亡。
きみこ:クラスの男子からいじめられるわ、地元の人から「立ち入り禁止」レベルで家汚いわの貧乏代表。健気な良い子でしかも可愛い。だが男運がない。典型的幸薄少女。
みさ:クラスに一人はいる元気少女。しかし家は結構な貧乏で、しかも中盤辺りで家族が崩壊するという魔法少女化不可避の人生を送った挙句DV男と結婚し、詳しく語られることなく蒸発。
財前:現代パートにのみ出てくる菜都美の編集者。無能。

あらすじ
※現代パートと回想パートに分かれる。

現代パート:菜都美はあまり売れてない少女漫画家。担当編集者がほぼストーカーのように毎日原稿の仕上げを要求してくる。故郷の愛媛?に帰ってくるところまで追っかけてくるところは、編集者にして偏執者(へんしゅうしゃ)。

回想パート:謎の田舎へ越してきた菜都美一家。偶然にもきみこ&みさという、「貧乏すぎてクラスからいじめられる」テンプレ2人組と仲良くなる。
恐らくお金持ちのクラスの人気者とも仲良くなるが、母親から「友達は選びなさい」と言われ、選んだ結果がテンプレ2人組。「私たちってダメだね」なんて言いながらもズッ友だょ。。。
そして月日は流れ…
友達のきみこはヤクザ崩れのDV男と結婚。毎日顔面の痣が絶えないけど、結婚式の前は顔面への攻撃を控えてくるあたりガチのやつ。
もう一人のみさは突然家庭が崩壊。パートをして生活してたら金持ちの男をゲット&結婚。〜そしてDVへ〜

何なの?きいちゃん(きみこのアダ名)?その紫の頬、流行りのメイクなの?
何なの?みさちゃん?頭蓋骨にヒビ入ったのはわかるけど、それのナリじゃ芸人のコントだよ?

菜都美「きいちゃんは幸せ…みさちゃんも幸せ…きいちゃんは幸せ…みさちゃんも幸せ…きいちゃんは幸せ…みさちゃんも幸せ…きいちゃんは幸せ…みさちゃんも幸せ…きいちゃんは幸せ…みさちゃんも幸せ…きいちゃんは幸せ…みさちゃんも幸せ…きいちゃんは幸せ…みさちゃんも幸せ…きいちゃんは幸せ…みさちゃんも幸せ…きいちゃんは幸せ…みさちゃんも幸せ…きいちゃんは幸せ…みさちゃんも幸せ…きいちゃんは幸せ…みさちゃんも幸せ…きいちゃんは幸せ…みさちゃんも幸せ…きいちゃんは幸せ…みさちゃんも幸せ…きいちゃんは幸せ…みさちゃんも幸せ…きいちゃんは幸せ…みさちゃんも幸せ…きいちゃんは幸せ…みさちゃんも幸せ…きいちゃんは幸せ…みさちゃんも幸せ…きいちゃんは幸せ…みさちゃんも幸せ…きいちゃんは幸せ…みさちゃんも幸せ…きいちゃんは幸せ…みさちゃんも幸せ…きいちゃんは幸せ…みさちゃんも幸せ…きいちゃんは幸せ…みさちゃんも幸せ…きいちゃんは幸せ…みさちゃんも幸せ…きいちゃんは幸せ…みさちゃんも幸せ…きいちゃんは幸せ…みさちゃんも幸せ…

絶対幸せじゃないよなぁ???

 きみこ「なんや?お前もしかして私たちのこと見下してんのか?あんたなんて友達でも何でもない!町から出て行け!

菜都美(私たち3人みんなダメかと思ってたけど、こいつら予想以上にダメすぎるわ。上京するしかない)

 

現代パート:

財前「恋人も友達もいないのに漫画で人間関係描けるわけないでしょwwwwwwwwww」

菜都美「いるよ?(会えるとは言っていない)」

財前「おっ、じゃあストーキングして見に行きますわ」

 

きみこ母「きみこは病気で死ぬまでずっとあなたのことを応援してたのよ。あなたの本を何度も読んでてね。みさ?蒸発した

 

菜都美「私、友達について描く。」

財前「いいっすね(小並感)」

 

多少時系列を前後させてるが、おおよそこんな感じ。
最期までダメだった2人の末路と、上京して微妙な成功をした菜都美の対比とその友情。
雰囲気感動物だが、構成的には魯迅の「故郷」みたいな寂しさがある。

トレーラーでは「女の子の数だけ、シアワセがある」と言っているが、要約を見ればわかるだろう。
正確には「女の子の数だけ、おまそうがある」

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回想パートは通して田舎に住む女子の友情と成長が描かれている。
広大な自然の中にいる主人公3人組の小ささの対比がすごく綺麗で、この3人の無力さを感じさせる。

また「失敗したこけしのような私たち」などの表現から、主人公の菜都美が少し俯瞰して物事を見ていることが分かる。
前半から終盤にかけて延々とこんな話が続く。
何一つ良いことなんてないけど、友情っていいねっていう話。

この「何一つ良いことなんてない」と思わせるのが大事。
父親が逃げるとか、きみこの好きな人が警察に追われてるゴミ人間だとか(でも結婚するきみこ、マジ健気)。

物語が終盤に差し掛かると、
菜都美の友達きみこはDV男(暴力団?)と結婚。
もう一人の友達みさも突然結婚(こっちもDV男)。

 

田舎ってDV男しか…

 

二人はそれを幸せだと言う。しかし菜都美はその幸せを信じられない。
それも当然のことで、顔面に痣の絶えないきみこと、頭蓋骨にヒビの入ったみさを見て「こういう幸せもあるのかぁ」とか言ってたら超がつくほどの凡人である。

そして幸せの価値観に関して菜都美ときみこは喧嘩。
きみこに「あんたなんか友達でも何でもない。この町から出て行け」と言われ、そそくさと上京。

きみこの「この町から出て行け」発言はきみこの死後に回収されるのだが、ここもきみことみさによる菜都美評をどこかで描かないと「私の幸せを否定するやつは友達ではない」というヤバイ女になってしまう。
ついでに二人が「諦めてこの生活を”幸せ”と思うしかない」という描写も必要。描写がないとは言わないのだが、中後半のバタバタした展開で無理やり台詞で補っている感じがする。魯迅の「故郷」に出てくるルントウのように、心から堕ちなければ最後の回収もしょぼくなる。

つまり三人(きみことみさだけでもいい)がこの町と自分を諦め、菜都美の将来を語る描写があっての「この町から出て行け」と、
きみことみさの幸せを受け入れられずに喧嘩して言われる「この町から出て行け」では大きく意味が違う。
父親の「菜都美は他の子とは違う」という台詞をきみこが引き継いでいるわけだが、それはさすがに都合の良すぎる解釈で、きみこがそう思うような直接的描写が欲しい。
そもそもあの喧嘩もきみこから攻撃してるし、あれではどう見たって喧嘩別れ。友情のために突き放したようには見えない。

 

話の最後で菜都美は地元に帰る。
中立的な判断をすると「この町から出て行け」はどういう意図だったのかわからないのだが、死んだきみこが実は菜都美を評価していたことは後から語られる。菜都美の本を病院で何度も読んでいたり、娘に菜都美の話をしたり。

日本人、死後に「実はこうだった」って語られるパターン好きすぎじゃね?

だから安易に人を殺しちゃうんだよ。しかも殺し方も中途半端だし。
きみこは病気で死んだことになっているが、病気ってなんだよ、現代だぞ。
作中、編集の財前が菜都美の漫画に対して「(交通事故や病気で人を死なせておけばいいという考えは) 読者に失礼だ」と言っていたが、なんだあれ?伏線なのか?メタ発言で伏線回収か?そんな伏線回収いらないからちゃんとしてくれ。

 

編集者財前に代わって宣言しよう。

きみこはDVで死ななければならぬ(断言)

きみこと菜都美の対立の構造は、
DVでもそれを幸せと信じるきみこVS殴られてまでの幸せを信じられない菜都美
である。

恐らくだが視聴者のほとんどは菜都美に賛同するだろう。DVでも幸せ、なんていうのは本人と経験者しかわからないからだ。
しかし「幸せ」とは何だったのか。病気なんていうまるで無関係なもので死んだらあの対立はなんだったのかわからない。

きみこは本当に幸せだったのか。
父親はおらず、家も貧しく、旦那には殴られ、菜都美には表面上その幸せを否定され、結果親友と別れ、そして最後に幸せと信じた(DVとは言え)結婚生活も病気で死に終了。不幸度で言えば役満級である。
恐らく旦那はどこかへ消え、娘だけが母親に預けられる。
病気で死んだらきみこ自身もその幸せを信じられないだろう。
DVで死んでこそ、つまりダメな自分を諦めこの町にいる因果によって死んでこそ、「失敗したこけしのようなきみこ」が完成する。

そうすることで、きみこが友情と引き換えに菜都美を外の世界に出したことが「真の友情」として映るのではないか。

病気で死んで後から出てきた美談を以って「良い話」ではケータイ小説レベルである。

この作品の主題は間違いなく友情だが、別テーマとして道に比喩された人生(女の人生)がある。その点からしても、きみこが自分の思う幸せの末に死ぬというのが大切だと思う。
そうすることで町での幸せを信じて(信じ込むしかなく)死んだきみこと、本当の幸せを求めて上京した菜都美の対比が完成し、「幸せ」が人それぞれであることがはっきりし、終盤の幸せ論争に一応の決着がつく。
菜都美が田舎に戻ってきみこの死だけ(死因はちょっと後に出る)語られる時には神作品かと思ったけどなぁ。

みさは途中の伏線を回収してどこかへ消える。伏線通りなら風俗だろう。
「男はヤクザになって帰ってくることもあるけど、女は帰ってこない」という伏線が光る。
しかもみさのその後は全然語られないが、語られないからこの伏線が「この町あるある」として意味を持つ。
きみことみさが逆だとこれは成り立たず、あれだけ明るかった元気少女のみさが失踪することにより一層の哀愁がある。

つまり親友3人組の末路は三者三様で、
・特別な人間として、過去のダメだった自分たちと町の因果を咀嚼できた菜都美
・ダメな人間としてダメな人間のままこの町で死んでいったきみこ
・ダメな人間としてこの町によくある「帰ってこない女」となったみさ
この三様の”道”があることも明記しなければならない。
それぞれが”幸せ”かどうかはわからないが、救われない最期もある。皆ハッピーエンドで終わらなかったところが綺麗。

きみこの死因と、現代パートがあまり面白くないこと、前半に雰囲気出すためにちょっと展開が遅い(しかも鬱になる)のだけ気になったけど、個人的には現代版魯迅「故郷」って感じで好き。
何なら、ボブヘアー(以下略)の自己完結話じゃなくてよかったと本気で思える程度には良かった。

 

そしてもう一つ。
この作品の構図は、広大な空間と、その中の小さな人間関係。そして何も解決しない結末とそこにある主題だと思う。
きみこの死因がなんだろうと幸せ論争の結果は視聴者に委ねられ、友情も解決をもたらさずにその存在だけ残して放置されている。

これ、CLANNADとかAirと同じ構図だよなぁ。

いつになったら僕はヲタクっぽい発想がやめられるんだ…助けてくれ…。
こういう友達は自分にはいないなぁという悲しみと、いつまでもKey作品を引っ張る自分に、はい、鬱。

 

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