ヲタクやめたい.com

グローバルもいいけど、ちゃんと探せば日本もまだまだ面白いと思うよ

時代がCLANNADに追いついた

   


タイトル間違えていません。サムネイルも間違えていません。

内容は8月終わりくらいから話題になっていた「君の名は。」について。
と言っても映画観たのが何週間も前なので細かいところをところどころ忘れてる気がする。

 

ネタバレもあるので気になる人は映画を見てから読んでね!


君の名は。とは

秒速5センチメートルや言の葉の庭を作ってきた新海誠の新作映画。

アニメーション映画の新時代、到来。
この夏、日本中が恋をする。

この言葉で公式のイントロダクションは始まる。

君の名は。公式サイトhttp://www.kiminona.com/index.html )

最終的に僕はこの「新時代」とは何なのか、に帰着したいと思う。
”アニメーション映画の” ではない。「新時代」である。

(とは言え1ヲタクの戯言なのでクオリティは勘弁してください。)

 

君の名は。序盤概要

ストーリーは簡単。
ど田舎の神社かなにかの家の女の子、宮水三葉と都内に住む立花瀧の体が入れ替わるという物語。

「都会のイケメン男子になりたい」三葉と特に何も願望がない瀧君。
何故か瀧君が巻き込まれている。
いや、

全ての男は女の子の体になってみたいと思ってるから本能的にwin-win。

入れ替わりのトリガーが寝ること。これは作中でもしっかりと語られている。
ただしトリガーが発動するかはわからない。2日以上継続するかもわからない。

まぁそんなこんなで割とありがちなコメディが続く。

正直、このパートまでは結構面白い。
ベタな表現やギャグも多いが、何と言っても新海誠。

「秒速5センチメートル」では好きな子と謎の惑星に移住する寡黙系妄想男子の失恋を描き
「言の葉の庭」では靴フェチ男子が年上の女性に誑かされてイキった結果の失恋を描いた

そんな!アニメ映画の!鬱展開担当!新海誠の!ギャグパート!意外と面白い! 

 

僕も映画館では「新海誠!やればできるじゃん!」などと異常な上から目線で口元を緩ませた一人である。
序盤は本当にテンポも良くて、正直1クールアニメだったら「3話まで見ても切られないアニメ」に入っただろう。何より三葉可愛いし。

 

君の名は。途中から

 

 

ここからネタバレあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瀧君と三葉はケータイのメモ帳などで書き置きをすることでお互い意思を伝えあっており、存在も認識していた。
しかしある時を境に瀧君は三葉のことを、徐々に忘れていく。

三葉だったときの記憶を絵にし、その場所を探す旅が始まる。何故か。

この忘却トリックは以下のように成り立つ。

 

瀧君:2016年の高校生。

三葉:2013年の高校生。2013年の流星で村に隕石が降り死亡。

 

入れ替わりという超常現象に加えて、時間のズレがあるというさらなる超常現象。
つまり、瀧君が三葉として過ごした日々は三葉死亡直前の日々だった。瀧君の入れ替わり先の三葉(2013年)は死んだためその存在を忘れていくという仕組みである。
多分電話等リアルタイムの通信を行わないのも同様の理由。何故なら2016年に三葉のケータイは存在していないのだから。

まぁ待ってほしい。この仕組みにすでに疑問があると思う。
例えば自分が2019年の誰かと入れ替わったら自分の、あるいは周りの人について調べないだろうか。ましてや自分の住んでる村、自分を縛り付ける村に隕石が落ちるのである。三葉サイドだったら瀧君の時にその事件を知るのではないだろうか。3年前とは言え、隕石で村一つが消滅する事件である。知っていて黙っていたとしたら死ぬ瞬間の三葉間抜けすぎないだろうか。
そもそも今が西暦何年かなんて1週間も生活してれば気付く。何なら入れ替わって事態を飲み込んで最初に今の日付確認するでしょ。

 

設定の不明点はさておき!である。一回その疑問は置こう。
僕が言いたいのはそんな重箱の隅をつつくような話ではない。もっと壮大な話なのだ。

その壮大な話をする前にこの後の展開を説明させてほしい。
三行で説明。

①2人はなぜか一時だけお互いのことを思い出す。というよりまた入れ替わりが発生する。
②しかしその後、2人はお互いのことを忘れてしまう。
③三葉死亡エンド回避! 

 

再び2人が入れ替わるトリガー何?何で入れ替わったの?酒飲んだ後の描写何?どこから三葉の人生出てきたの? 何で生き返ったの?もしかして”時空を移動する能力”でも身につけちゃったの?”2013年と2016年が交差する場所”に来ちゃったの?だとしても2013年の三葉はあそこにいないよね?

 

待ってくれ。そんな些細な話はどうだって良い。
壮大な話をこれからするから。

 

 

このパターン、CLANNADの風子ルートで観たよな?

 

 

時代がCLANNADに追いついた

文章が長くなってしまったので君の名は。の内容をまとめる。
①入れ替わる(超常現象)
②三葉死亡により三葉のことを忘れる(忘却トリック)
③何故かよくわからないけど思い出す(超常現象の上塗り)
④やっぱりもう一回忘れるけど、使命感のような何かに突き動かされて解決

さて、僕が大好きなCLANNADの風子ルートは
① 入院しているはずの風子が学校に現れる(超常現象)
②だんだん風子のことを忘れていく(忘却トリック)
③やっぱり何故か思い出す(超常現象の上塗り)
④最終的に公子の結婚式を成し遂げてハッピーエンド

 

おわかりだろうか?

アニメーション映画の新時代は、10年以上前にリリースされたゲームのサブシナリオと同じ構造なのである。
別にパクリだのどうだの言うつもりはない。
ただ「時代がCLANNADに追いついたんだなぁ」と感慨深くなっただけ。

瀧君は3年の時代を飛び越えて三葉と入れ替わったわけだが、風子は12年の年月を経てアニメーション映画の新時代となったのだ。
あの時ヲタク達が、まだアニメが市民権を得てなくて地下で動き続けたヲタク達が、風子ルートのanaで流した涙を、今やSNSでべた褒めしながらカップルで君の名は。を観て野田洋次郎の歌声で涙を流すのである。

そう思った時、映画館からの帰り道、ちょっとだけ目頭が熱くなりましたとさ。

 

 

ちなみに君の名は。について、「シナリオだけがアニメーション映画ではない」という反論は最もだが、単純なアニメーション技術という意味ではあまりすごくないんじゃないだろうか?
新海誠作品の一枚絵は圧巻の美しさがある。秒速5センチメートルから変わらない美しさだ。しかしそれはアニメーションではない。
「静止画を効果的に用いる技法」という言い分もあるだろう。僕も否定しない。むしろ秒速5センチメートルの大きな風景と小さな恋心の対比としてはすごく効果的だったと思う。
しかしだ、最後の三葉が村中を走り回るシーン、僕は失礼ながらパチスロのARTを思い出してしまった。「静止画を効果的に用いる」前にやることがあるだろ。

 

君の名は。は嫌いではないけど、むしろメディアを上手く使ったなぁという意味ではアニメーション映画の新時代かもしれない。
内容は…まぁ人それぞれだよね?
僕が新時代を理解してないだけかもしれない。何と言っても10年以上前に同じ構成のゲームやってるからなぁ。 

 

 

新時代

CLANNADの話はもう置いておこう。
今や存在しているのかもわからない”鍵っ子”の諸君。我々は間違っていなかったのだ。「当時の世界には早すぎた」だけだったのだ。ただそれだけだ。勝利を声高に語る必要はない。 我々の信じたものは12年の歳月を経て、”新時代”と称された。我々の信じたものは決して間違っていなかった。ただそれだけのことだ。

さて、ここまでいくらか書いてきたのだが、君のは。は地味に設定がおかしい。
間違いなく説明しきれてない部分が多く、観ている途中に混乱したものである。
具体的な内容はいくらかは前述してあるし、細々と挙げていく気はない。

間違いないこと、それは多くの人が「感動した」と言っていることだ。
いやいや、感動する前に疑問点ばかりで…と僕は思う。
そんなアウトロー気取りな自分をを俯瞰して「ヲタクは細かいところばかり気にして本質的な楽しみを逃してるんだよなぁ」と思う。

 

ん?「ヲタクは細かいところばかり気にして本質的な楽しみを逃してるんだよなぁ」

 

 

「ヲタクは細かいところばかり気にして本質的な楽しみを逃してるんだよなぁ」

・・・なんだ、この台詞…?昔誰かが言っていたような…?

 

「ヲタクは細かいところばかり気にして本質的な楽しみを逃してるんだよなぁ」

・・・何故だろう?この言葉を聴くと暖かい何かを思い出す…。

 

「ヲタクは細かいところばかり気にして本質的な楽しみを逃してるんだよなぁ」

・・・思い出さなきゃ!大切な何かがきっとあるはずだ!

 

 

<2009年。とあるカラオケにて。>

 

J(7年前)「ふわっふわった〜いむ♪」

 

友人M「出たwwwけい豚www」

 

J「あー、けいおん!最高ですわ。未来永劫覇権ですわ。キャラ可愛いし、見てるだけで心が癒やされる。心をささくれ立たせるものが何もない。快楽主義の極点ですわ。」

 

M「あの緩いアニメそんな面白い?俺には楽しさがわからなかったわ。」

 

J「お前の言う”面白い”なんていうのはこれまでの尺度でしょ?けいおん!の面白さっていうのは全く新しいの。最適な室温で最適な姿勢で暖かくて柔らかいものに包まれてる感覚なの。
パラダイムシフト、っていうか、何て言えばいいのかな。

”深夜アニメの新時代、到来” って感じかな。」

 

M「言ってることはわかるよ。何も考えなくても楽しめると思う。でも何も考えないことは本当に正しいのかな?物語は?設定は?そういったものが絵になって動くからアニメなんじゃないかな。」

 

J「物語や設定や考察も良いと思うよ。否定しない。でもこの先アニメは”どうなっているかを考える”ものではなくなると思う。”どう感じるか”、”どう受け取るか”になると思う。萌え、ってそういうことでしょ。”何故八重歯が良いか”なんて考えない。”八重歯は良い”と感じることから始まるわけだし。」

 

M「感じるって言っても、女の子が集まってグダグダ喋ってたまに楽器弾いて、そんな何も動かないものから何かを感じるっていうのはなぁ。やっぱりスリルとか感情移入とか、そういうのがあってこその”感じる”じゃないの?」

 

J「えっ…うーん…そうだな…(困惑)

とりあえず!これが新時代なの!スリルとかわかりやすいものが魅力になるんじゃなくて、不快でないこと疲れないこと、その雰囲気が魅力なわけ!ジョジョ5部読んだ?スパイス・ガール。”柔らかいものは絶対壊れない”わけ!」

 

M「けいおん!って酷いご都合主義じゃん。これまでに楽器触ったこと無い唯がなんで絶対音感なの?あんな高いレスポール買えるの?紬のお嬢様設定要る?色んな疑問は湧くじゃん。勿論無視すれば気にならないことかもしれないけど、疑問や矛盾がある以上作品としての完成度という意味ではどうかと思う。言葉を借りるなら、それがアニメとして俺は不快だな。
確かに柔らかいものは壊れないけど、スカスカのスポンジを愛する気にはなれないよ。」

 

J「はぁ…”新時代”を理解できない頑迷なやつだなぁ…。全く…

ヲタクは細かいところばかり気にして本質的な楽しみを逃してるんだよなぁ

 

 

 

ーそう、この言葉、昔けいおん!について友人と話した際に言った僕の台詞じゃないか。
あの時理解を示さない友人に僕が言った一言。それが今、君の名は。を批判する自分を俯瞰して同じ台詞が吐かれる。

ー皮肉だな。確かに細かい完成度も大切だけど、ファーストインプレッションを大切にしていたあの時の気持ちを忘れるなんて…。

 

 

僕はそんなことを思い出したのだ。

君の名は。、たしかにインパクトの強い設定で大事な部分を印象的に描いてたと思う。確かに細かい設定は説明不足だったが、勢いで乗り切ったように感じられる。
「勢いで感動する」のだ。立ち止まって考えると矛盾に気付いてしまうからだ。
もっと言えば「何も考えなければ感動する」のである。

 

これは7年前、けいおん!について「何も考えずに楽しむアニメ」というような説明が(少なくとも僕から)なされたことに似ている。
キラキラした色使いもなく、ドキドキする切迫感もなく、余分な設定余分な間、そういったもので30分思考停止にさせて最後に満足感と快楽を感じさせたあの「何も考えなければ楽しい」という感覚に似ている。

 

「何も考えなければ」

けいおん!は心をささくれ立たせるものがないのだ。不快だけじゃなくて、不安とかハラハラ感とか、物語構成上の谷がない。
現実以上に浮き沈みを感じさせない高度な思考停止アニメ。それがけいおん!である。

もしかして唯ちゃんには彼氏がいるかもしれない→男のキャラが出てこないから安心
もしかして唯ちゃんに好きな男がいるかもしれない→全員ライト百合だから絶対安心
楽器初心者だから楽器弾けないのではないか→唯は天才で絶対音感もあるから安心

 

本当に細かく考えたらご都合主義とか不自然なところは色々ある。
でもそういったところを一切合切無視して思考レベルを下げて観ると、刺激的なものが何もなく、暖かい気持ちで観られたのだ。
このユートピア感。この世界のどこかにありそうなユートピア感。これがけいおん!の正体だったのだと思う。

 

そして時は流れ2016年。
君の名は。が果たした物はけいおん!の一歩先、「何も考えなければ感動する」である。
細かい設定や矛盾に目を向けなければ「何となく感動する」のだ。

映画で何を伝えるか、で最も定番の一つに感動があると思う。最近の邦画は特に。
難しい設定とか技法とか心理とかそういうのは何もいらない。
「何も考えなければ感動する」

これがアニメーション映画の新時代である。

批判でも皮肉でもなんでもなく、それが新時代であるというのはちょっと頷ける。
何より君の名は。の最も新時代感があったのは、一昔前だったらヲタク内で「神アニメ」「いやあれは〜」で終わっていたであろうものがアニメに興味ない人にもこれほどまでに受け入れられているということだろう。
キンプリとかガルパンとかが最近のアニメ映画では話題になったが、やっぱりあれらはアングラ感が抜けない。

 

これが何年か前だったらカプ厨御用達の準SF的イチャラブアニメで終わっていた。
しかし2016年に放映することでこれだけの社会現象となり得た。

だからこそ、アニメーション映画の新時代である。

 

そんな風に懐かしいこととか色々考えるきっかけになったので1800円は無駄ではなかったと思う。
あとブログってどうやって書くんだっけ?君の名は。の細かい部分も覚えてないけど、それ以上にブログの書き方忘れてて困った。

 - 雑記