ヲタクやめたい.com

グローバルもいいけど、ちゃんと探せば日本もまだまだ面白いと思うよ

BELLRING少女ハートの6次元ギャラクシー観てきたよー。

      2015/07/13


2014-05-22 02.59.03

B級としか言いようがなかった(褒め言葉)


・あらすじ

ベルハーが舞台上で使う小道具のおもちゃのピストルが何者かによって本物のピストルにすり替えられ、それに気付かずヲタクを射殺してしまうベルハー。
容疑者としてBUTCHが拘束されるが、ベルハーはBUTCHを助けるために立ち上がる。
そこからヤクザやら電波集団やらが絡んできて…。

感想はやっぱりひどいB級映画だった(褒めてる)

僕は悪いものは悪いと言いたい人ですし、「未熟だからこそ」なんてことは言いたくない。
映画としてみたら良いものではないでしょうね。

ただ、なんとなくB級感がベルハーっぽくって逆に安心して笑いながら見てました。
ツッコミどころしかない。恐ろしくツッコミどころしかない。

完璧な演出、演技、構成、キャストだったらそれはそれでいいんでしょうが、ベルハー自体がB級というか「好む人は好む」みたいなユニットだから…。
決して良いわけじゃない。言うならば、ベルハーだったから許される。

ゆるめるモ!とかベルハーとか見れたし、まぁそれなりに笑ったから良しとしよう。っていう感じ。
ファンサービスの一環だと思うとすごく良い。

そもそもベルハーの扱われ方ってかなりB級的なものに近い感じがある。
(ベルハーがB級アイドルって言ってるわけじゃないですよ。)

テニプリの漫画を好んで読んでる人ってキャラがカッコイイと思ってる人、(希少種だとは思いますが)純粋にテニス漫画だと思ってる人といった本来の狙い通りの層以外に、許斐剛が描く超テニスを「あえて」見たいという人もいるはず。
今のテニプリはわざとそういう方向にしてるのでは?と思うほどに超テニス化してますが。
で、彼らはテニプリを「こんなのテニスを冒涜してる!」などとは言わずに「今月も許斐先生はやってくれたぜ!」と言いながら読む。
B級に対する姿勢ってこういうものなんじゃないかなぁと思う。ある視点からは意味不明だけれど、その意味不明さの中に何かしらの愛着を抱くといった姿勢。

そしてこれって古いヲタクの考え方にも近い。
さやわかが岡田斗司夫の考えたヲタク像を、取るに足らないものを「あえて」愛する集団(だった)、と表現しています。
つまり一般的には価値の認められないものに愛着を抱いている集団であり、それはさきほどのテニプリの読み方に近い姿勢があると僕は考えます。

ベルハーもそうじゃないですか。
ベルハーの魅力に曲を挙げることはあってもダンスや歌が挙がることってほとんどない。まずない。
曲はすごく良いのにダンスや歌はアレ。でもなんかその意味不明さにも魅力を感じてしまう。
で、考えるわけです。「自分はベルハーのどこにはまったんだろう」って。

要は「”この点が”良い、素晴らしい、優れている」っていう誰もが納得する画一的基準でなく、「”俺は”これのこの部分が好き」みたいに感想や感性を以って語られ好まれるようなものこそB級的であり古いヲタク的であり、僕の感じるベルハー的なものである。

 

だからベルハーちゃんがB級映画の主演って、それはそれで必然的な組み合わせであり、僕はそこを無意識に納得してから楽しめたんだろうなぁなんて思いました。

 

ベルハーを楽しむ映画。それがこの映画だったんじゃないかなと思います。

 

見どころ

・銃を撃つ姿がやたらキマってるもえち
・ケーキのシーンだけ演技に違和感がない(素だから?)
・常にツッコミどころを与えてくれる
・タイガー、ファイヤー、サイバー、ファイバー、タイガーファイヤーサイバーファイバーダイバーバイバージャージャー!
・ゆるめるモ!と黒崎れおん

そういえば映画のライブシーンのところで前の人が揺れてたのが映画中一番怖かった。

 - またヲタクしてしまった, アイドル語り